2026.04.19

デザイナーとアーティスト、二つの顔を持つグラフィックデザイナーの原点

グラフィックデザイナー
静岡県で生まれ、武蔵野美術大学卒業後、デザイン会社勤務を経てフリーランスとして独立。
幼少期に熱中したゲームの「演出」への憧れを原点に、現在は企業のロゴ制作や行政の案件、企業のブランディングなど、多岐にわたるグラフィックデザインを手がける。
順風満帆に見えるキャリアの裏側には、就職活動での挫折や勤め先の倒産といった予期せぬ転機があった。
「独立せざるを得なかった」という逆境をバネに、会社員時代に培った実務スキルと、自らの足で広げた人脈を武器に、独自のキャリアを切り拓いてきた。
現在は、クライアントの課題を解決する「デザイナー」と、断面の美しさを追求し自己表現を行う「アーティスト」という二つの顔を持ち、個展の開催や数々の賞を受賞するなど、その活動は高く評価されている。

「ものを作る人になりたい」。幼い頃に抱いたゲームクリエイターへの憧れが、キャリアの原点。そこから美大へ進学し、デザイン会社勤務を経て、現在はフリーランスのグラフィックデザイナーとして活躍——。

本記事でご紹介する菅沼靖幸さんのキャリアは、一見すると「好きなことを仕事にした順風満帆な道のり」に見えるかもしれません。しかし、その背景には、就職活動での挫折や、勤めていた会社の倒産といった予期せぬ転機がありました。

「独立は、他の選択肢がなかったから」と語る菅沼さん。しかし、そこから自身のスキルと実績を武器に、人脈を広げ、着実にキャリアを築き上げてきました。

現在では、グラフィックデザイナーとしてのクライアントワークと、アーティストとしての自己表現という「二足のわらじ」を見事に両立させています。

デザインの仕事にどう向き合い、どのようにして道を切り拓いてきたのか。そして、AI時代におけるデザイナーの価値とは何なのか。

菅沼さんのこれまでの歩みを、具体的なエピソードとともに全3回の記事で紐解いていきます。

目次

デザイナーとアーティスト、それぞれの喜び

菅沼さんは現在、フリーランスのグラフィックデザイナーとして活動しながら、アーティストとしての活動も並行して行っています。

この二つの活動は、似ているようで全く異なる性質を持っていると語ります。職業としてのデザインは、あくまでクライアントのために制作するものです。

たとえばチラシをデザインした場合、それによって売上が上がるなど、クライアントの目的を達成できたときに大きな喜びを感じるそうです。

一方、アーティストとしての活動は、自分自身の表現を自由に追求できる場。

自分が生み出した作品を、純粋に「好きだ」と言ってくれる人に買ってもらえたときの嬉しさは、クライアントワークとはまた違った達成感がある。

デザインで社会の課題を解決し、アートで自己を表現する。この両輪があるからこそ、菅沼さんはバランスを取りながらクリエイティブな活動を続けられているのかもしれません。

クライアントの「正解」を見極める難しさ

デザインの仕事において常に直面するのが、クライアントの好みとデザインの目的をどうすり合わせるかという課題です。

菅沼さんは、クライアントの要望を無視することはできないとしつつも、自分の表現を全く出さないのも良くないと語ります。

その塩梅を調整することは、デザイナーにとって非常に難しい部分です。

しかし、クライアントの要望が必ずしも「正解」とは限らないのがデザインの奥深いところ!

たとえば、売上を上げるためのチラシを作っている場合、クライアントの個人的な好みと少しずれていたとしても、結果的に売上が上がればそれが正解になります。

表面的な要望に応えるだけでなく、「本当に求めているものは何か」を見極め、時にはプロとして意見を伝えながらコミュニケーションを取ることが菅沼さんの強みなのでしょう。

ゲームの演出への憧れが原点

そんな菅沼さんのものづくりへの興味は、幼い頃に遊んでいたゲームが原点です。

ゲームそのものを楽しむだけでなく、「この演出は誰が作っているのだろう」と、作り手の存在に惹かれていたといいます。

そこから「自分も何かを作る人になりたい」という思いが芽生え、その延長線上でデザインやアートの世界へと足を踏み入れることになります。

高校3年生のときに進路を考えた際、普通の大学に進学するよりも、絵の勉強ができる環境の方が自分のやりたいことに近いと判断しました。

そこから美術予備校に通い始め、朝から晩まで絵を描き続ける日々を送り、武蔵野美術大学への進学を果たしました。

会社員時代の経験が独立の土台に

大学卒業後は、アルバイトでPOP制作などを経験した後、デザイン会社に就職しました。

しかし、そこで長く勤め上げることはなく、3〜4年ほどで会社が倒産するという予期せぬ事態に見舞われたというのです!

「独立せざるを得なかった」と語る菅沼さんですが、この会社員時代の経験が、後のフリーランス活動の大きな土台となったと振り返ります。

勤めていた会社は小規模だったため、若手のうちから多くの業務を一任されていました。

クライアントへの見積もり作成から請求書の送付まで、仕事の一連の流れをすべて経験できたのです。また、印刷の細かいルールや仕事の進め方など、デザインの基礎を実務の中で学べたことは、独立後に一人で仕事を進める上で非常に役立ったといいます。

キャリアの転機と広がる人脈

独立当初は、価格交渉などで苦労することもありました。

しかし、会社員時代に培った実績とスキルをポートフォリオとして可視化し、出会う人々に「自分には何ができるか」を伝え続けることで、少しずつ仕事の幅を広げていきました。

特に、代理店や決済権を持つ人たちとの名刺交換の場を大切にし、地道なアピールを重ねたと言います。

その結果、仕事の多くは紹介から生まれるようになりました。企業のロゴ制作など、人脈を通じて大きな案件を任されることも増え、デザイナーとしての地位を確立していきます。

「独立は他の選択肢がなかったから」と振り返る菅沼さんですが、与えられた環境の中で自分にできることを最大限に発揮し、自らの力でキャリアを切り拓いてきたのです。

次回予告

会社の倒産という思いがけない出来事をきっかけに、フリーランスの道へと進んだ菅沼さん。しかし、独立当初は「価格交渉」というフリーランスならではの壁にぶつかります。

次回は、その壁をどう乗り越え、単価を上げていったのか。そして、紹介で仕事が途切れない状態をどのようにつくり上げていったのかという「実践的なキャリアの築き方」に迫ります。

この記事を書いた人

お仕事図鑑は、働く人の“リアルな経験とストーリー”を通して、未来のキャリアに役立つ視点を届ける「働くストーリーメディア」です。体験談・取材・インタビューなど複数の形で、1万5,000人以上の働く人の声を蓄積してきました。肩書きや仕事内容の説明だけでは見えにくい、仕事を選んだ理由、続ける中での葛藤、転機での判断、価値観の変化。そうした“プロセスのリアル”を丁寧に編集し、読者の気づきを次の一歩につなげるヒントとして届けます。

他のインタビュー記事

特集記事

目次