渥美万奈 – スポーツコーチ
元ソフトボール日本代表。内野手(ショートストップ)。静岡県出身。167cm、右投左打。2016年・2018年世界選手権代表(2大会連続準優勝)、2018年アジア大会優勝。そして、2021年開催の東京オリンピックでは、日本代表として金メダル獲得に大きく貢献。国内ではトヨタ自動車レッドテリアーズで日本リーグ優勝6回を経験し、2021年紫綬褒章を受章。現役引退後は、その経験と情熱を次世代に繋ぐべく、指導者として活動を開始。「動けるコーチ」として全国を飛び回り、ソフトボールの魅力を広める活動を続けている。
東京2020オリンピックで金メダルを獲得した、ソフトボール日本代表のショート、渥美万奈さん。その華々しい経歴の裏側で、彼女が今、セカンドキャリアとして選んだ道は、全国を飛び回り、世代やレベルを超えた人々にソフトボールを教える「指導者」という仕事でした。
現役を引退してなお、その情熱をグラウンドに注ぎ続ける渥美さんのリアルなストーリーは、私たちに「働くこと」や「生きること」への新たなヒントを与えてくれるはずです。
本記事では、渥美さんの幼少期から知られざる引退秘話まで、エピソードを交えながら、ご紹介していきましょう。
金メダリストの今、夢溢れるセカンドキャリア
「金メダリスト」という肩書きは、多くの人にとって憧れの象徴ですよね。しかし、渥美さんはその栄光に留まることなく、すぐに次のステージへと踏み出しています。
彼女が今、最も力を入れているのは、ソフトボールの普及と指導です。その活動は、メディア出演等といった華やかなものだけではありません。むしろ、全国各地の小さなグラウンドや体育館で、泥にまみれながら指導する姿が、彼女の日常なんです!
現役時代から「自分がプレーするより指導する方が好きだった」と語る渥美さん。その根底には、ソフトボールという競技への深い愛情と、指導者に対する強い思いがありました。
小学生から70代まで!世代も性別も超えて広がるソフトボール

渥美さんの指導の特徴は、その対象の幅広さにもあります。小学生のチームから、高校生、大学生、そしてなんと70代のシニア層まで、世代も性別も、そして競技レベルも問わず、彼女の指導を求めて集まってくるのです。
特に印象的なのは、大学生への指導です。彼女は、現役時代に培った「動けるコーチ」としての特徴を活かし、学生たちと一緒に全力でトレーニングに励みます。
「大学生になると手抜くっての覚えるじゃないですか。だから一緒にやってあげて、勝てるところは勝ちに行くんです。ランニングとかにしてもターンが入ってきたりするんですよね、ソフトボールって。コツを知ってるんで私は早いんですよ。パパって切れるんで、なんかターンで一位になれるんですよ。それだけ。」
ただ技術を教えるだけではなく、大人が本気で取り組む「姿勢」を見せることで、若者の潜在能力を引き出そうとする、渥美さんならではの指導哲学の表れではないでしょうか!
「地方こそ盛り上げたい」ソフトボール普及への尽きない情熱
渥美さんの活動範囲が全国に及ぶのは、彼女の「ソフトボールを広めたい」という強い願いがあるからです。特に、指導者が不足している地方への思いは格別です。
「指導者が変われば子供たちって絶対変わるので。そういうのを見てきたからこそ。指導の大切さ。やっぱ教え方次第で選手ってどんどん変わるよなっていうのは、すごく感じたので。」
彼女は、指導者が変わることで、選手が劇的に成長する可能性を知っています。しかし、地方では野球経験者の指導者が、ソフトボールの特性を理解しないまま「野球式」の指導をしてしまい、結果的に選手が怪我をしたり、伸び悩んだりする現状を目の当たりにしてきました。
実は渥美さんの幼少期も同じだったのです。正しい技術を知らず、ただそれっぽい動きを真似するだけで、ただただ圧倒的な運動能力で勝ち上がっていった渥美さん。しかし、それはいつかどこかで、強大なスランプとして返ってきます。
それを知っている渥美さんだからこそ、自ら地方へ足を運び、正しい知識と技術、そして何よりも「楽しさ」を伝えようと奮闘しているのです。
野球経験者がソフトボールに転向?シニア層に広がる新たな可能性

指導対象の広がりは、ソフトボールという競技の新たな可能性を示しています。特にシニア層への指導は、野球経験者が「ソフトボールならまだできる」と、再びグラウンドに戻ってくるきっかけにもなっているそうです。
野球とソフトボールでは、その「塁間距離(走る距離)」が違います。野球は28m、ソフトボールは18mと、約3分の2の距離。体力に自信がなくとも挑戦できるスポーツなんですね。これは、ソフトボールが持つ「生涯スポーツ」としての魅力を教えてくれます。野球とは異なるソフトボールの技術や魅力を、元日本代表から直接学び、自らの体調に合ったこの競技は、シニア層にとって最高の喜びとなるでしょう。
少子化の波、部員はたったの2人…それでも灯し続ける希望の火
少子化の影響下では、ソフトボールを取り巻く環境は決して楽観視できません。部員がたった2人というチームの指導に呼ばれることもあるそうです。
「(部員が)2人とかのチームにも行きますし、なんかもう廃部寸前みたいなところにも行きます」
それでも渥美さんが指導を続けるのは、彼女自身が「指導者との出会い」によって人生が変わった経験があるからです。部員が少なくても、ソフトボールを愛する子どもたちがいる限り、彼女の足が止まることはありません。
渥美さんの指導は、単に技術を教えるだけでなく、子どもたちに「ソフトボールを続ける楽しさ」と「努力が報われる喜び」を伝えることに主眼が置かれています。
次世代へ繋ぐために、渥美万奈が「動けるコーチ」でいる理由

渥美さんが指導者として最も大切にしているのは、「動けるコーチ」でいることです。
指導者が口頭で指示するだけでなく、自ら動いて「全力」という手本を見せ、子どもたちと同じ目線で汗を流すことの重要性を知っているからです。特に、小学生や中学生は、大人が本気で動く姿を見て、初めて「全力」の意味を理解できる、と彼女は言います。
「大人が全力でやらないと子どもは全力でやらないです。というか、全力を知らない子が増えてるんですね。全力で!といっても、子どもたちは全力のつもりでも、こっちから見たら全然全力じゃない」
渥美さんは、今の子どもたちの運動能力の低下にも警鐘を鳴らします。
運動する機会が減っているだけでなく、大人が運動する姿を見せないことで、「全力で動く」ということを知らない子が増えています。だからこそ渥美さんは動く。この信念が、彼女を全国のグラウンドへと駆り立てる原動力となっているのです。
次回予告
全国を飛び回り、多くの人々に希望を与える渥美さんの活躍は、まさに順風満帆に見えます。しかし、彼女のキャリアは決して平坦な道ではありませんでした。
渥美さんは、東京オリンピックを控えた現役時代に、ソフトボールを辞める決断をしようとしていました。彼女はなぜ「代表を辞退したい」とまで思い詰めたのでしょうか?そして、その苦悩を乗り越え、再び世界の舞台で輝くことができたのは、一体なぜだったのでしょうか。次回は、金メダリスト・渥美万奈さんの知られざる過去の葛藤に迫ります


