1食100円の極貧生活・過労・自信のなさに沈んだ歯科医師時代

35歳で大学病院を離れ、現在は川崎の歯科クリニックで分院長を務める梅木泰親さん。診療の中心を担いながら本院とも連携する。外から見れば、順調にキャリアを築いてきた歯科医師に見えるでしょう。

しかしその道の途中には、表には出てこなかった苦しい時間がありました。大学院時代の生活は、決して安定したものではなく、医師としての道を歩みながらも、生活と気持ちの両面で追い詰められる時期が続きます。歯科とは関係のない現場に派遣され、慣れない環境で働き続けた日々もありました。

分院長となった後も、将来への不安は完全に消えるわけではなく、「自分にはできない」という思い込みと向き合う時間が続いていきます。そして、その背景には、自分を納得させるために必死で勉強会やボランティアに関わり続けた、“外側に答えを求める働き方”がありました。

一見順調に見えていたキャリアの裏側で、梅木さんがどのような葛藤を抱え、どこに苦しんでいたのでしょうか。

目次

大学院時代の極貧生活

大学病院で2年間勤務した後、梅木さんは、大学病院に残るには自身で研究をしなければならないという状況となり大学院に進む道を選びました。しかしそこで待っていたのは、収入が大きく減る生活でした。週に2日ほど勤務し、それ以外は学生として研究や論文に取り組む日々。生活費を切り詰める必要があり「一食100円のたらこスパゲッティを毎日食べていた時期もあった」といいます。

卒業論文の制作期間には、1日の睡眠時間は3時間ほどと、十分な睡眠が取れないまま作業を進める日も続きました。歯科医師としてのキャリアを積みながら、研究者としての成果も求められる。大学院生活は、体力的にも精神的にも負担の大きい時間でした。

大学院に進み自分の選択肢を広げるという期待とは裏腹に、現実は生活の厳しさと、研究に追われる毎日。にもかかわらず、当時の梅木さんには立ち止まる選択肢がなく、とにかく目の前にあることをこなすことで精一杯だったといいます。

歯と関係がない現場でのストレス

大学院を修了した梅木さんは、関連病院に勤務することになり、そこでは救命救急外来や麻酔科での勤務を経験します。そこで扱うのは歯とは直接関係のない業務ばかりで、救命に関わる急患の対応、麻酔管理、当直勤務など、歯科医師として積み上げてきた専門性とは全く異なる環境に身を置くことになります。

交通事故に遭った患者さんの対応や火傷を負った患者さんの対応など、慣れない業務に追われる毎日で、生活リズムも大きく乱れていきました。夜勤や当直で睡眠時間が不規則になり、肉体的にも精神的にも負担が大きかったといいます。

そこで求められるのは命に直結する判断。忙しさやブラック企業といった、そういう尺度で語れないほど、緊迫感のある現場だったのではないでしょうか。

分院長になっても続く不安

35歳で新しい医院に転職した梅木さんは、1年後に先輩の退職を機に分院長を任されます。診療技術だけでなく、人員配置、患者さんとの関わり方、クリニック全体の雰囲気づくりなど、求められる役割は一気に広がりました。

患者さんやスタッフから頼られる場面も増え、責任を感じる瞬間が多くなる一方で、「自分はちゃんとできているのだろうか」という思いが、ふと頭をよぎることがあったといいます。

周囲から見れば順調にキャリアを積んでいるように映る一方で、本人の内側には常に“自信のなさ”が居座っていたのです。

それは技術や知識の問題というよりも、「自分にはできない」とどこかで思い込んでしまう長年の思考のクセがあったのかもしれません。任されていること自体は嬉しい。でも、手放しで喜べない。

役職が上がったからといって、自分の内側がすぐに変わるわけではない。むしろ責任を背負うほど、心の奥に眠っていた“弱さ”や“怖さ”が浮き彫りになっていく。梅木さんにとって分院長という肩書きは、そんな自分と向き合い始めるきっかけになったのです。

自分を削りながら行ってきたボランティア運営

不安や迷いを抱えながらも、梅木さんは歯科治療の技術を高めるために、専門分野の勉強会に通い続けていました。そこで学ぶだけではなく、次第に“運営側”として関わるようになり、勉強会の準備や当日のサポートまで担うようになっていきます。

梅木さんは、診療後に資料を作ったり、休日に運営の手伝いをするなど、時間と体力を削りながら取り組んでいました。

一見、意欲的な取り組みに見えますが、運営はあくまでボランティア。参加費がもらえるわけでもなく、むしろ交通費や参加費は自分持ち。生活費を切り崩しながら参加し、診療を終えたあとに運営作業を進める日々は、体力的にも精神的にも決して余裕があったわけではありません。「身を削る」という表現がそのまま当てはまるような状態だったと振り返ります。

自分の内面にある問題の正体

分院長として忙しい日々を送りながらも、「どこか満たされない感覚」が抜けなかったと梅木さんは振り返ります。学びも積み、経験も積んできたはずなのに、一歩踏み出す場面になると、なぜか迷いや不安が顔を出してくる。自分のスキルも目に見えないもので自信が持てない。

その頃、梅木さんは「もっと知識が必要だ」「まだ足りていない」という感覚に駆られて、勉強会やセミナーへ通い続けていました。でも振り返ると、それはスキル不足を補うためではなく「自分の中にある不安をごまかすため」の行動でもあったのです。

外側に解決策を求め続けても、満たされない理由。それは、出来事や環境の問題ではなく、自分の内側にある問題。「自分にはできない」という思考のクセがずっとブレーキをかけていたからでした。

自分を疑いながら努力する。この状態が続く限り、どれだけ学びを積み重ねても、現状は変わらない。「自分の可能性に自分で蓋をしている状態だった」と語ります。

次回予告

極貧生活、過酷な現場、続く不安。外側を埋める努力を続けても、どこか心が追いつかないまま進んできた梅木さん。その原因が「スキルの不足」ではなく、自分の内側にあることに気づいたとき、歯科医としての生き方は大きく変わり始めます。

次回は、これまで抱えていた焦りを手放し、「自分の中にある価値」に目を向け始めた転機について。そして、売上が1.8〜2倍に伸びた理由、さらに歯科医という枠を超えた“新しい関わり”へと変化していく過程に迫ります。

梅木さんが見据える未来は、単なる治療ではありません。「歯×食×健康」という、新しい可能性とは何なのか?

そして、“歯科医という仕事の本質”にたどり着くまでの物語を紐解いていきます。

この記事を書いた人

お仕事図鑑は、働く人の“リアルな経験とストーリー”を通して、未来のキャリアに役立つ視点を届ける「働くストーリーメディア」です。体験談・取材・インタビューなど複数の形で、1万5,000人以上の働く人の声を蓄積してきました。肩書きや仕事内容の説明だけでは見えにくい、仕事を選んだ理由、続ける中での葛藤、転機での判断、価値観の変化。そうした“プロセスのリアル”を丁寧に編集し、読者の気づきを次の一歩につなげるヒントとして届けます。

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