前回は、江戸時代から323年続く老舗染物店の14代目として家業を継ぐ決意を固めた松田一晟さんの原点と、そのキャリアを支える父親の教育姿勢に迫りました。幼少期から「使命と誇り」を胸に、迷うことなく伝統の道を選んだ松田さん。しかし、その華々しい決意とは裏腹に、修行の世界は想像を絶する厳しさでした。
今回の記事では、松田さんが職人の世界で直面した「できない壁」と、それを乗り越える過程で彼がどのように「プロの思考」を確立していったのかを深掘りします。彼が苦悩の期間を乗り越えられたのは、父から受け継いだ一言と、あるシンプルな思考法でした。
「10年で一人前」の世界へ

大学での社会勉強を経て、若干22歳で家業である染物店に戻った松田さんを待っていたのは、想像以上に遠いプロの道のりでした。染物職人の世界は、一般的に「10年修行してつくれる」、さらにそこから「次の10年でいいものが作れるようになる」と言われる、非常に時間と経験を要する世界です。
松田さんは現在、修行6年目を迎えています。
「大学を卒業して戻って、いざやってみると、自分が想像していた以上に難しくて、何もできないんだと思い知らされました」
松田さんが家業で取り組むのは、主に大漁旗や神社ののぼり、飲食店の暖簾などのオーダーメイド品です。これらのほとんどが、江戸時代から受け継がれてきた「筒描き染め(つつがきぞめ)」という伝統的な技法を用いて作られています。この世界は、父である13代目の動きを見ていて「簡単に見えた」作業が、いざ自分でやってみると全くできない、という厳しさに満ちていました。
染物のイメージを覆した筒描き染めの奥深さ

私たちが一般的に持つ「染物」のイメージは、布を染料の液に浸して色をつけるというものです。しかし、松田さんが取り組む筒描き染めは、その工程が全く異なります。それは、布を染める前に「模様を描く」という、極めて高度な描画技術を要するものです。
松田さんは、この繊細な作業を目の当たりにし、自分が思い描いていた「染物」のイメージが根底から覆されたと語ります。
323年の歴史を持つ、松田染物店の「筒描き染め」とは

323年の歴史を持つ松田染物店の「技法」である筒描き染めとは、和紙を何重にも重ねて作った円錐形の筒に、“もち粉”と“ぬか”を練り合わせたペースト状の「糊」を入れ、それを絞り出しながら布に線や模様を描いていく技法です。この糊置きが、染料が布に浸透するのを防ぐ防染(ぼうせん)の役割を果たします。
熟練の職人は、筆ではなくこの円錐の筒を使い、布に直接、太い線や繊細な線、そして複雑な模様を一気に描き上げます。この作業には、手の動き、力の入れ具合、糊の硬さなど、経験に基づく細かな調整が必要とされます。
「全くできない」苦悩の期間を乗り越えられた父の一言

松田さんが家業に入ってからの1年目、2年目は、まさに「全くできない苦悩の期間」でした。思うように手が動かず、生地に綺麗に柄を描くことができない。染物職人にとって命とも言える「筒描き」の技術が身につかない焦りの中で、松田さんはひたすら苦しみました。
その焦りの中でも、松田さんの救いとなったのは、取材の場で父親が語っていた一言でした。
「自分にもできない期間があった。できないのは当たり前」
この言葉を聞いた瞬間、松田さんは肩の荷が下りたように感じたと言います。常に完璧な職人に見えていた父親でさえ、自分と同じように悩み、苦しんだ期間があったという事実が、松田さんに大きな安堵と確信を与えました。
「自分なりのペースでやっていけばきっと大丈夫」。松田さんはそう思い、無理せず、自分の手の動きに集中しました。父親は、最初こそ基礎を教えたものの、その後は「人によって手の動かし方が全く違う」という考えから、松田さんなりのやり方を見つけるという方針でした。この自律的な環境が、松田さんの内なる成長を促したのです。
はじめての納品、個ではなくチームで作り上げる意義

修行3年目に入ると、松田さんは少しずつ「できること」が増えていき、小さな作業ながらも家業に貢献できるようになっていきました。そして、家業に入って4年目頃に、初めて自身が携わった作品が納品されるという経験をします。
大漁旗やのぼりは、複数の職人がそれぞれの工程で関わり、時には3~4枚の布を縫いつける大掛かりなものもあります。この「複数人で一つの旗を作る」という経験は、松田さんに「個ではなくチームで作り上げる意義」を深く教えました。
このチームでの達成感が、松田さんにプロとしての責任感と、技術を磨くことへの強い動機を与えました。
「できない」から「できる」へ、修行で培われた成長とは

4年目以降の松田さんは、「日々、成長している」という実感があり、それが毎日の充実感に繋がっていると語ります。その「成長の実感」は、ある日突然、大きな技術を習得するという派手なものではありません。
「昨日できなかったことが今日できるようになる、という劇的な変化ではないんです。でも、ふとした瞬間に、自分の手が自然に動いていると感じる時がある。生地に狙い通りに綺麗に柄が描けるようになった、という時に、確かな成長を実感します」
この経験を通じて、松田さんが培ったのは、まさに「できないところに焦点を当てるのではなく、できたところにフォーカスする」という思考法でした。この考え方は、修行開始当初の苦悩の期間を乗り越える上でも、大きな支えとなっていったんです。
この思考法は、父親から受け継いだ「満足したらそこで止まる」という向上心と相まって、松田さんの核と言えるでしょう。
次回予告

修行の苦悩を乗り越え、松田さんが確立した「できるところにフォーカスする」という思考法は、伝統工芸という厳しい世界で生き抜くための哲学となりました。
次回は、松田さんの根幹をなす「成長へフォーカスする思考」の具体的な実践方法を深掘りします。そして、彼がこの思考法をもって、後継者不足や需要の減少という伝統工芸の厳しい現実にどのように立ち向かい、唯一無二の武器を未来へ繋ぐ戦略を描いているのかを解き明かしていきましょう。


